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2015年10月17日 (土)

第一航空情報連隊 その2

戦時中に磐田市にあった第一航空情報連隊の基地の東半分は、現在「かぶと塚公園」と「静岡県立農林大学校」、「磐田警察署」となり、西半分は払い下げられて一般住宅や畑となっています。
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かつて基地正門があった「かぶと塚公園」の入り口。門柱が脇に避けて残されています。

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基地正門は、以前はこんな感じだったようです。門柱の表札は「静岡大学農学部」となっているので、戦後の写真です。(第一航空情報連隊前里隊戦友会誌より)

静岡大学農学部は、昭和22年4月静岡県磐田市の基地跡地に発足し、同25年に学校教育制度の改革により県立農科大学に昇格し、翌26年に国立に移管されて静岡大学農学部に。
昭和48年4月静岡市大谷に移転するまで使用しました。
その後、同地に静岡県立農業短期大学校開校および静岡県立林業短期大学校開校。
昭和55年統合し、静岡県立農林短期大学校を設立。平成11年に県立農林大学校となった。

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門柱の横に石碑も。
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太平洋戦争開戦により、航空軍備の重要性が高まり、航空機搭乗員養成だけでなく、航空作戦を支援する、航測、航空情報、気象等を担当する将兵も大量に養成する必要に迫られました。

そこで陸軍は昭和17年12月、浜松に第一航測連隊、八日市に第一気象連隊、磐田に第一航空情報連隊を新設。航空作戦支援要員の大量養成を始めます。

磐田では昭和17年4月から土地買収を開始、53町歩を確保。
編成は、本部、情報中隊×2、情報中隊(教育)×3、警戒中隊(教育)×3、材料廠×1、が置かれ、約2,000名が在籍していたようです。

情報中隊では、従来からの目視による対空監視、気象情報の教育。敵機の機種、型、性能、雲量、風速、モールス通信等です。

警戒中隊では、当時最先端兵器だった野戦用、要地用の航空警戒機(レーダー)の教育が行われました。

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体育館横に移設された、もう1本の門柱。

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第四航空情報連隊というのは、教育部隊の磐田の第一航空情報連隊を卒業して、南洋諸島に展開した部隊です。

磐田では、航空情報という機密情報を扱うため、通称名を「中部129部隊」として、秘匿名称を「第一航空情報連隊」とし、機密保持を図っていました。

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公園の東境界線には陸軍基地当時の有刺鉄線が張られていた杭が多数残っています。

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兜塚古墳は、戦時中に頂部に対空砲火が置かれましたが、その工事の祭に鏡や太刀など多数の出土品があったそうです。
現在は木が成長して森の中に静かに眠っています。
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かぶと塚公園は、本格的な陸上競技場やテニスコート、弓道場、体育館を備え、多くの市民が利用していますが、戦時中はここから若い将兵が戦地に派遣され、帰らなかった人も多数いたんですね。

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